|
「アリス」
アキトは抱き付いてきた妹の身体を離すと真っ直ぐに目を見つめた。
「何があったんだ。家出娘」
優しい声で尋ねながらもアキトの表情の厳しさにアリスはすぐさま目をそらす。
母から連絡が行っていることは覚悟していたが、どうも雲行きが怪しい。
「母さんからも聞いてるが何があったのか自分で話してくれないか」
あの人の話はいまいち要領を得ないから…。
そう呟いてアキトはベンチに腰を下ろし、アリスにも座るよう命じる。
「家出じゃないわ。プラントに来たのよ」
悪いことなんかしてないと不貞腐れる妹に「何をしに来た」とくり返し尋ねる。
「人に…会いに…」
顔を背けるアリスに誰に会いに来たのか問いかける。
「イザークに会いに来たの」
「…イザークおじさん？」
ハロを抱きしめて頷く。
「イザークに…会いたいの」
「どうして…？」
これ。
アリスは自分の腕をアキトに突き出す。
手首を見ろと言うことらしくアキトは妹の手を取った。
そこに見えたのは上品なデザインのブレスレット。
特別に宝石をあしらっているわけではないが、細工の精緻さから相当に高い物であることが見て取れる。
「誕生日に貰ったの」
毎年のようにアリスがイザークにプレゼントをせがんでいることは知っていたが、ここまで値のはるものを貰っているとはこれまで考えもしなかった。
「あたし…イザークにひどいこと言ったのに…」
きっちりと誕生日に届けられたプレゼント。
以前ねだったときには子どもにはまだ早いと軽くあしらわれたその品。
「なにも…わざわざ来なくても電話するなり、メールを送るなりお礼を言えばいいじゃないか」
至極真っ当な答えにアリスは首を振る。
「ダメなの。会っていわなきゃ。でないとあたし…自分にむかつくから！」
いつも自分が振り回していると思っていたイザークのプレゼント一つで自分が振り回されている。
年の差から来る余裕の違いだと言われても納得できなかった。
もやもやする気持ちを抱えたままただ帰ってくるのを待っていることなんて出来なかった。
だから、突然訪れて驚かせてやろうと思ってここまで来たのだ。
妹の言葉にアキトは額を押さえた。
「…………もう少しマシなやり方はなかったの？父さんとケンカしてまで…」
「それは偶然よ。たまたま、ケンカになっただけ。イザークの件とは関係ないわ」
頬を膨らませた横顔は可愛くもあるが、これが身内だと思うと考えたくなる部分もある。
「じゃぁ、なおさらだ。いまここでどうにもならない時間を過ごすより一度月に帰るんだ」
兄の言葉にアリスは絶対に無理だと首を振る。
「しやよ。お小遣い叩いてここまで来たんだから。返るお金なんて持ってないわ」
× × ×
「それで私に連絡を下さったのね」
画面の向こうで女は静かに微笑んでいる。
「すみません。いろいろと考えたときそれが一番安全かと思いまして」
ベッドの上でクッションを抱えてふてる妹に一瞬だけ目をやるとまた画面の向こうの女を見る。
「大丈夫ですわ。アリスちゃんをこちらに連れていらして。アプリリウス1には入れませんがわたしの元にまでは来られるよう手配しておきましょう」
「ご迷惑をおかけします」
恐縮するアキトに女は静かに微笑む。
「構いませんわ。だってあなた方は私の大事なお友達の子どもたちなんですもの」
何かを超絶した穏やかさにますます恐縮するしかない。
「明日なら十分時間もとれるでしょうからお二人でいらして。お待ちしていますわ」
5につづく
200401231036
|