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「なにか、願い事はしましたか？」
背後から聞こえてきた声に飛鳥は振り返る。
「紫上は？」
生徒たちが書いた色とりどりの短冊を前に「はい」と頷く。
執行部の入口に笹を飾ったのも、その笹を取ってきたのも綾人だ。
いつの間にかかけられた短冊には身近な願い事から壮大な物、執行部へのお願いと様々だ。
見知った文字もあれば、誰のとも解らない物もある。
短冊の大きさや材質もまちまちではあるが、それが逆に微笑ましい。
「やっぱテストがらみが多いな…」
世に言う期末試験の時期だけあってせっぱ詰まった物を感じる文言も多い。
「これは……」
中の一枚を手にして飛鳥は苦笑する。
「それがどうかしました？」
「んっと…。誰のだかわかったけど、言うのは無しだよな」
「そうですね。名前が書いてあるものはともかく、書いてないものは…」
明らかに同一人物の筆跡と思われる短冊がいくつも見えるが、名前が書いてあるものと無いものがある。
「伽月さんらしいですね」
「詩月の名前書いて、自分の名前を書かないのもおかしいよな」
『弟の詩月の調子が良くなりますように』という無記名の短冊の横に『夏休みの補習がないように。 一之瀬伽月』と同じ文字の短冊がある。
間抜けな幼なじみの行動に苦笑しながら、他の短冊を見る。
「…これ…紫上の？」
美しい筆跡の短冊には『平穏な日常』の文字がある。
「秘密です。名前が書いてないんですから。伊波くんのはまだ無いですよね？」
「ああ、ここに持ってる」
飛鳥はカバンの中から短冊を取り出すと少し高い位置にかける。
『食堂メニューの充実』
力強い文字に結奈は吹き出す。
「寮のご飯は…そんなに美味しくないですか？」
「流石に三食全部寮か学校の食堂じゃ飽きるよ」
寮も学校も和食、しかも地理的な理由もあってか山菜や雑穀が多くなる。
若者の望むような洋食や中華の比率は低い。
「健康にはいいでしょうけど、物足りないですよね」
「ホントだよ」
そう言って飛鳥は結奈を見る。
「もしかして、伊波くんは私が作ってくれないかと期待してませんか？」
「すっごくしてる。紫上の弁当って美味しそうだからさ」
飛鳥の言葉に結奈はくすくす笑う。
「気が向いたら、作ってみましょう」
「なら、気が向いたついでにこれもお願いできる？」
もう一枚短冊を取りだす。
『好きな子から下の名前で呼ばれるように』
結奈はまじまじと飛鳥の顔を見る。
「飛鳥」
期待していたのとは違う声で呼ばれて飛鳥は慌てて短冊を隠す。
「そ、総代！」
「綾人様…いつから…」
狼狽する二人を綾人は交互に見る。
「今来たばかりだ。それにしても盛況だな」
短冊の重みで折れそうになった枝に手を添える。
「もう一本ぐらい用意した方がよかったかもな」
素知らぬ振りを決め込んだ綾人に二人は胸をなで下ろす。
「そうだ、結。すまないが職員室から資料を取ってきてくれないか」
「あ、はい。では、すぐに」
小走りに去って行く結奈を見送る飛鳥の肩に綾人の手が伸ばされる。
「…結を口説いてたところを邪魔して悪かったな」
「な…、何を言ってるんですか」
「しっかり聞いていたぞ。おまえ、意外と手が早いな…」
羽交い締めにされ、飛鳥はもがく。
「べ、別に紫上は総代の物でもないでしょう」
そう返したとたん、綾人は戒めを解いた。
「いい心構えだな。確かに結は俺のものではないがな…」
静かに、ただなにか含みを持った声で告げる。
「ただな、無事で済むとは思うなよ。まぁ、がんばれ」
力一杯背中を叩かれ、飛鳥はつんのめりそうになるところを必死に耐える。
そんな姿など眼中にないのか、背後で執行部のドアがぴしゃりと閉められた。
廊下に取り残された飛鳥はカバンの中にしまったままのもう一枚の短冊飾ろうか真剣に悩むのであった。
おわり
200407072321
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