「きれい……ですね」
　シホ・ハーネンフースはその日、思いもよらぬ形で海に沈む夕陽を見ていた。
　着ている服は、いつものザフトレッドの制服ではない。白いブラウスにジーンズという、ラフな格好だ。
「隊長がこういう場所をご存知とは思いませんでした……って、失礼ですね、私」
「いや、別に俺も知っていたわけではないが……」
　そもそもは、新型モビルスーツの１Ｇ重力下での運用テストを行うために、ジュール隊は地上のジブラルタル基地に降りてきたのである。
　ところが、運動管理プログラムにエラーがあることが判明し、現在技術者が総がかりで修正中で、終わるのは明後日だということだ。
　シミュレーションももう飽きるほどやってしまっていたので、結局ジュール隊全員、予定外の臨時休暇が二日、支給されたのである。
　しかし、休暇といってもこの辺りには何があるわけでもない。少し行けば、街があるし、実際隊の何人かは街に繰り出しているらしいが、シホはあまり街に出ようとも思わなかった。そのため、手持ち無沙汰で基地内を歩いていたところ、地上車に乗った隊長――イザーク・ジュールに声をかけられた、というわけである。
　彼もまた、予定外の休暇にやることがなく、書類の整理をして一日は時間を潰したが――休めばいいのに、とは誰もが思うところだが――さすがに時間つぶしのネタもなくなったらしい。かといって街に行く気にもならず、なんとなく車を出したところ、シホを見つけた、というわけである。
　かくして二人はどこへ行くわけでもなく車を走らせたのだが、どこをどう走ったか、道の終端に行き着いてしまった。どうやら行き止まりだったのだが、そこは海に突き出した岬の突端で、ちょうど、太陽が海に沈むのを一望できる場所だったのだ。
「確かに見事だな。こういうのは、残念だがプラントにはない」
　プラントにも夕焼けはある。だがそれは、人工的に作られたものであり、ましてこのように広大な海に太陽が沈む様は、映像ではともかく実際に見ることなどまずない。
「でもジュール隊長は、以前にも地上に降りられたとお聞きしましたが」
「ああ、まあな……」
　確かに前の戦争で、地上には降りた。作戦行動では海の上での作戦もあったわけで、このような夕陽を見ることもあったはずなのだが、まったく覚えていない。戦時中だから、というよりは、そういう余裕もなかったのだろう。見えているのは同じ光景であるはずなのに。
「こういうのを見ると……」
「ん？」
「こういうのを見ると、ナチュラルの……ブルーコスモスの言っている『青き清浄なる〜』とかはともかく、地球はかけがえのないものだって、思えてしまいます」
「……そうだな」
　彼らの言う理屈は理解できない。
　だが、地上をこれ以上汚すべきではない、とは思う。
　地球は美しく、そしてかけがえのないものだ。おそらくその想いは、プラントに住む人々のほうが強いだろう。だからこそ、ニュートロンジャマーを開発したのだ。核によって、世界を汚染しないために。
　ざあっと。
　一際強い風が、シホとイザークをなでた。
　それは、普段とは違い、髪を結わえずにいたシホのそれを、柔らかくなびかせる。
「わっ……潮風って、気持ちいいですね、隊長。……隊長？」
　振り返ったシホが見たのは、なぜか顔をそらして口の辺りを押さえているイザーク・ジュールの姿だった。

おしまい

　なんとなく、でイザークとシホです。シホ、天然というか……ニブそうだと思うのは私だけですか？　優等生っぽいともいいますが。しかし種Ｄではシホでないんですかねぇ。ビジュアル的には好きなんですけど。