噂に聞く男の一人暮しとはかなり悲惨なものらしいが、ここは違う。
　ミリアリアは綺麗に整えられた室内を見て言葉を探した。
　やや殺風景にも思えるが全体的に手入れの行き届いた調度品に身の置場がない。
「てきとうに座ってくんない。料理運ぶから」
　適当にといわれ身近な椅子に腰を降ろす。
　時を置かずにミリアリアの前に料理が並べられる。
　品数は三つ。
　サラダとスープとピラフ。
　特別手が込んでるようには見えないが、とても美味しそうな匂いに胸がときめく。
「オレの得意料理ね」
　そう笑いながら冷蔵庫からワインを取り出しグラスに注ぐ。
　その仕種が手慣れていて少し不安になる。
「あれ？飲めなかったっけ？」
「違うわよ。なんか慣れてるなぁって思っただけ」
「ああ。いまホテルでバイトしてるからな。ちなみにこれもそこで貰った物」
　給仕をしている姿を想像し、笑いそうになるのを必死に堪える。
「なんだよ。なんか可笑しいワケ？」
　ミリアリアはそんなことないと口にはするが目許が笑っていた。
「とりあえず食べよう。美味しいものを美味しいうちにな」
　乾杯。
　グラスが軽やかな音をたててふれあう。
　甘いフルーツの香のするワインは何杯でも飲めそうだ。
　サラダのドレッシングもスープも申し分ない。
　ピラフは少しぴりっとしたがそれがまたアクセントになっていてついついスプーンが進む。
「すごくおいしいんだけどどこで覚えたの？」
　問い掛けにディアッカは満面の笑みを浮かべる。
「オレの両親、共働きでさ。仕方ないからガキの頃から自分で料理してたんだよ」
　買い食いするより楽しいし。
　ディアッカは笑う。
「じゃあこれはディアッカの好きな味なわけね」
「そう。オレの好みの味。覚えてくれると嬉しいな」
　オレ、手取り足取り、なんなら腰取り教えちゃうという人をミリアリアは頬を膨らませ横目で睨みつける。
「あー冗談。でも気に入ってくれると嬉しいかな」
　慌てて手を振る姿にミリアリアは吹き出す。
「ばかね。この味、あたしは好きよ」
　その言葉にディアッカは目を細める。
「デザートも用意してあるから待ってろ」
　キッチンに駆け込むと色鮮やかなストロベリーのババロアが運ばれて来る。
「ぜんぶあんたが作ったの？」
「当然。彼女が来るんだからこれぐらいサービスしないとね」
「彼女？」
「違うとは言わせないけど」
　皿を置いてディアッカは額にキスをする。
「…あんたの名誉のためにそういうことにしておいてあげる」
　いいようにあしらわれている自分に憎まれ口をを叩かずにはいられない。
「さんきゅ」
　はにかむディアッカに小さくばかねと呟くと優しい味のババロアを一匙口に運ぶ。
　その味がディアッカの優しさのように思えて笑みがこぼれる。
「ミリアリア」
「なに？」
「オレさ、実はどうしても食べたいものがあるんだけど」
　これだけ美味しいものを食べて他に何がいるというのだ？
　そんなミリアリアの視線にディアッカは真っ直ぐ手を伸ばす。
「おまえ……ってのはダメ？」

おわり
200405121350