「仕方ないんですよ。あの人は不器用だから」
　そう口にした途端、男の眉が「おやおや」と云わんばかりに動いた。
「よくわかってんじゃない」
「そりゃ…それなりのつき合いがありますから」
　同じ部隊に配属されてから共に訓練を受けたのだ。
　少なくとも目の前の男に比べれば僅かばかり長い。
「それなりねぇ」
　にやにやした笑いはろくでもないことを考えている証だ。
「それだけですよ。他に何かあるんですか？」
　差し出された酒に一口含んでオレは噎せた。
　酒に弱い方ではないのだが、この味は全く別だった。
　舌から喉の奥まで感じる強い味と鼻につく奇妙な匂い。
　慌てて水を含んだがこれがまた炭酸水で喉にいたい。
「何を飲ませるつもりですか？！」
　悪質ないたずらにしか思えない味に文句を言うと「正真正銘のアブサンなのに」と恐ろしい返事が返ってくる。
「正…って…」
「ああ、でも一応店で買えるもんだからそんなに酷いもんじゃないさ」
　どこの店だ！
　怒鳴りそうになりながらも相手が上官であることを辛うじて思い出して堪えてしまった自分が憎い。
「いやぁ…いい反応だね。君といい彼女といい」
「あの人にも飲ませたんですか？」
「飲ませたよ。一緒に酒を飲んでくれる人は意外と少ないからね」
「何を考えているんですか！あの人は…中尉は酒に弱いんですよ！」
　もはや上官であろうと構わない。
　そう怒鳴りつけた瞬間、にやにや笑いがいっそう強くなった。
「おや…副長さんは酒に弱いのか…。初めて知ったよ。道理で一緒に飲んでくれないはずだ」
　ニッと歯を見せて笑った男の姿にオレは絶句した。
　まさか……はめられた！？
「オレが一緒に飲んだのは艦長さんよ。彼女意外と強くてね。少し酔ったみたいだけど、平気な顔していたなぁ」
　彼女。
　その曖昧な単語にやられたのだ。
「あっれー。なんだ副長さんのことだったのかぁ…」
　わざとらしい言いぐさに睨みつけたが、どこ吹く風と云った体だ。
「だいたいさっきまで…」
「ああ、確かにオレは云ったよ。『艦長や副長に怒られてばかりだ』ってね」
　そうだった。
　大切な主語が抜けていた。
「いやぁ…そうかそうか。しっかし、よく知っているなぁ。酒に弱いなんて。一緒に飲んだことあるわけ？」
　意地悪く笑っている男が上官でさえなければむこう臑の一つも蹴っているのに。
　だが、口を開けば開くほど墓穴を掘るような気がしてオレは中途半端に不味い酒をあおった。

END