その日、救命艇がアークエンジェルにたどり着いた。


　プラント臨時評議会による停戦宣言が出され、戦争は終わった。

　それから、数日後…。

「キラ、ＡＡに行きますのであなたも付いてきてください」
　歌姫の言葉に逆らえる者などエターナルにはいなかった。
　軍医によれば体調も申し分無いので歌姫の護衛を頼むと艦長のバルドフェルトも云っていた。
　そう云われ、キラはため息と共に連絡艇に乗り込んだ。
　戦闘による破損の多かったＡＡでは連絡艇の着艦場所は限られている。
　なるべく早くから連絡をいれ順番を確保しなくてはならないのだ。
「こちらエターナル連絡艇０１、ＡＡ応答願います」
　ミリアリアの指示がないと着艦もできない。
　パイロットの声にキラがため息を付いたときだった。
『こちらＡＡ。エターナル連絡艇０１、着艦用ビーコンを出します。それに従って乗艦して下さい』
　いつもとは違う声が聞こえてきた。
　ミリアリアの声よりもやや低い声。
　それは聞き覚えのある声だった。
「了解。指示に従います」
　切れた通信にキラは嫌な予感がした。

　ＡＡに乗艦すると見慣れない顔がいくつもあった。
　いつもより人数が多いような気がする。
　艦長室に向かう道すがらすれ違う人たちはキラの顔見知りではない者も多い。
　その証拠にラクスを見て少なからず驚いているようだ。
「彼らはドミニオンの元乗組員だそうですよ」
　キラの反応にラクスがそう説明する。
　戦闘中、ドミニオンから待避した者たちはエターナルやクサナギも保護していたが、余剰スペースの関係やこれまでの関係などを理由にその殆どがＡＡに移動・収容されていた。
　二人が慣れた様子で艦長室にたどり着くとそこにはマリューの他にアスランとカガリもいた。
「あれ？アスラン？」
　目を瞬かせるキラに対しクサナギに残ったＭ１のメンテに出かけたら護衛を頼まれたのだとアスランが説明する。
　それが苦しいいいわけでしかないことをそこにいる全員が知っていた。

　マリューの説明を一通り聞き終えたところで休憩を取ることになった。
　内々の話があるというラクスと別れ、お茶でも飲みに食堂に行こうと連れだって出たところでサイと会った。
「サイ…どうしたの？」
　制服ではなく普段着姿のサイにキラは目を丸くする。
「今日は休暇だよ。オレもミリィも」
「へ？」
「ドミニオンから来た人たちがさ、代わりに任務に就いてる」
　本来の軍隊であったなら捕虜なので彼らが労働に就くことはないはずだが、ここは正規軍でもない。
　ましてや自ら志願して働こうとする人々を拒否する理由など人手不足のＡＡには無いのだ。
　その上、姉妹艦でもあるドミニオンでナタル・バジルールによって鍛えられた人々は即戦力として申し分無い働きをした。
「…もしかして…いまＣＩＣにいるのって…」
　キラの問いかけにサイは笑顔で答えると楽しそうにその肩を叩いた。

　キラ、カガリ、アスランの三人は固まって席を取る。
　一般の休憩時間からは外れているらしく閑散とした食堂で三人は飛んでもないことになっているなと顔を見合わせて笑ったが、キラだけはどうも落ちつかない。
「ええ、そうね。その方がいいと思うわ」
　マリューはラクスと話をしながら食堂に入ってくる。
「お茶、煎れましょうか？」
　そうキラが立とうとしたときだった。
　マリューの背後にラクス以外の人が居ることに気が付いてキラの動きは止まった。
「キラ！」
　赤毛の少女は駆け寄るとキラに抱き付いた。
「フレイ！？」
　驚く人々に構わずフレイはキラを抱きしめ感激の涙をこぼした。
「やっぱりさっきのはフレイだったんだね。……無事で良かった」
　とっさに抱き返したキラはフレイを慰めるようにその髪を撫でた。
「コホン」
　わざとらしいアスランの咳払いに慌ててフレイの身体を離す。
　カガリの視線が痛かった。
「なんで…マリューさんと一緒に来たの？」
　敢えてラクスと一緒にとは云わずキラは尋ねる。
「ここでないと出来ない大事な話があったの」
　フレイはそう云うと清潔そうな白いハンカチを取りだし涙を拭うとラクスに向き直った。
　それから突然ラクスに頭を下げた。
「ごめんなさい。わたし、あなたに酷いことを云ったわ」
　かつて救命艇で漂流していたラクスを保護したときのことをフレイは云ったのだ。
「あの頃は何も分かっていなかったの。コーディネイターのあなたに対して酷いことを云ったと思っているの」
　その酷いことを云ったこの場所で謝りたかったのだとフレイが説明するとラクスは穏やかな笑みを浮かべ、「過ぎたことですわ」と右手を差し出した。
　その手をフレイは断った。
「あなたとは握手できないわ」
　フレイの手はキラの腕を取る。
「ミリィから聞いたわ。あなたがキラを好きだって。でも、キラはわたしのものよ。あなたなんかに渡さないから」
　胸に押しつけるようにフレイはキラの腕を自らに密着させる。
「………キラ？」
　ラクスをとりまく空気が変わった。
　どこか険悪なムードにアスランとカガリはじりじりと後退し、三人から離れようとする。
　マリューも何とも云えない曖昧な表情で三人のやり取りを見ている。
「キラはわたしのものよね。わたしたち、別れるまでずっと同じ部屋にいたんだから」
「ええっと…」
　返答に窮するキラを見てアスランは傍らのカガリに「ホント？」と尋ねる。その問いにカガリは本当のことなのでと仕方なく頷く。
「キラ、ＡＡに帰ってきて。また一緒に暮らしましょう」
　フレイはキラの髪に指をはわせると頬を捕らえて唇を重ねる。
　その動きに反応できないまま唇を奪われたキラの視界の端でラクスが肩を振るわせている。
「わかりましたわ。キラ。その方がよろしいのなら、このままエターナルに帰らなくても結構ですわ。帰りの護衛にはアスランもいますし」
　突然の指名にアスランはカガリに助けを求める。
「えーっと…その…」
　カガリはアスランの腕を引くと一目散に食堂を飛び出した。
　気が付くとマリューの姿もない。
　残されたキラはフレイとラクスの気迫に泣きたくなった。

END
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