「一体何をしているの？」
　突然庭の測量を始めたムウの姿にマリューは目を丸くする。
「ガーデニング。欲しい花はある？」
　設計図を手にムウは笑う。
「そうね…香りのいい木がいいわ。出来れば実がなるほうが嬉しいけど」
「色気より食い気？」
　口を曲げて、眉を寄せた表情にマリューは吹き出す。
「そうよ。綺麗な花もいいけど、実もなれば二度おいしいじゃない？」
　実をもいで食べるふりをしてみせるマリューにムウは表情を和らげた。

「それで突然ガーデニングを始めた理由はなあに？」
　二人分のハーブティをテラスに置いたテーブルに並べ、マリューは尋ねる。
「ちょっとした気晴らしになるかと思ってね」
　なんとなく勢いでオーブ軍の教官のような仕事を引き受けたはいいが肩が凝るばかりだ。
「ストレスは溜めこんじゃだめよ」
「全くだ。君はどうだい？」
　ムウは細かい数字を書き込んだボードをテーブルに置くとマリューの肩に軽く触れる。
「悪くないわ」
　今はモルゲンレーテに復帰し、技術論文と格闘する毎日だ。
「きみの方が教官向きだと思うんだが……」
「あなたは感覚の人ですものね。でも…」
　ちょうどよい揉み具合にマリューは口を閉じる。
「なに？」
　筋に沿って親指で軽く押す。
「あなたはマッサージ師の方が似合うかもしれないと思ったけど、それもだめだわ」
「どうして？」
　目の裏にあるツボを刺激しやすいように顔を上げさせるとマリューの形のよい唇が小さく開く。
「あなたは私専属でいいの」
　告げられた言葉にムウは口づけで返す。
「一生専属でいるよ」
　指で唇をなぞりもう一度キスを落とす。
　それから…………。

「腰が入ってないわよ」
　スコップで土を掘り返すムウにバルコニーから声をかける。
「なにをやってるんだ？」
「庭作り。あなたもムウと一緒にやってみる？」
　マリューの誘いにバルトフェルドは首をふる。
「僕は力仕事は苦手でね」
　手元の設計図を覗き込む。
　そこには幾種もの果樹と花の名が見られる。
「長期計画だな」
　花壇はともかく果樹は一年では成りそうもない。
「こどもたちが収穫を担当するわ」
　マリューはくすくすと笑う。
「それは……おめでとう」

おしまい
200605252140