「ねぇ、あなた方…兄弟はいて？」
　初老の女性は集まった子どもたちを前にそう語りかけた。
　多くの子どもたちが互いの顔を見合わせて首を横に振る。
「僕には妹がいるよ！」
　明るい髪の少年がそう答えたとき、老女は優しく微笑んだ。
「私には弟がいたの。それもふたり」
　そうして彼女は語りはじめた。
　２人の弟のいた時代を…。
　
　Ｃ.Ｅ.１５年。
　宇宙から中継されたジョージ・グレンの告白をリネア・ラーナスは両親と弟ともに見ていた。
「僕は今、僕の秘密を話そう」
　時代の寵児の語る言葉に何よりもショックを受けたのは母のマリアだった。
　遺伝子操作とその技術を語る男を見つめ、彼女は幼い息子を抱きしめていた。
　画面の男と同じ名を持つ息子のジョージはこの年３才になったばかりであったが、生まれつき重い遺伝性疾患に冒されており、１０才まで生きられないと医師に宣告されていたのだ。
　ジョージの冒されていた遺伝性の病はマリアと夫ローレンスの間に産まれる男児には高い確率で発生することが判明していた。
　娘のリネアにその兆候が見られないことが夫婦にとってはせめてもの救いであった。
　だが、そこに飛び込んできたジョージ・グレンの告白。
　それはラーナス家だけでなく、多くの人々の間に様々な波紋を及ぼすこととなった。
　最終的に決断を促したのはジョージの死であった。
　ジョージ・ラーナスは６才で死亡した。
　少年は宇宙を夢見、いつか自分と同じ名を持つジョージ・グレンの片腕になって木星を遥かに越えた宇宙にまで旅をするのだと死のまぎわまで語っていた。
　
　そしてＣ.Ｅ.２０年。
　ラーナス家にコーディネイターの息子グラデルが誕生する。
　ジョージ・グレンによって明かされた遺伝子技術は非常に高価な物であり、また合法的とは言えなかった。
　しかし、金も法律も一部の特権階級にとっては無意味であり、障害になりうる物ではなかった。
　ラーナス家もそれらを障害としない特権階級の一部であった。
　
　グラデルは順調に成長していった。
　彼が９才の時、かのジョージ・グレンが木星よりエビデンス０１を携え帰還すると、世界では爆発的なコーディネイター・ブームが起こった。
　少しでも前へ、未来へ、果てなき宇宙へと望む人々によってコーディネイターを生み出すための技術は改良され、また安価となり、多くのコーディネイターをこの世に生み出すこととなった。
　Ｃ.Ｅ.４０年代にはいると最初のコーディネイターたちが社会の第一線に立つようになった。
　彼らの優秀さは、人々の憧れの対象になるのと同時に憎しみを生み出すことになった。
　
「グラデル。軍を辞めたって本当なの？」
　リネアの問いかけにグラデルはめんどくさそうに前髪を掻き上げる。
「もううんざりなんだよ。アイツらはオレたちコーディネイターを目の敵にするんだ」
　人よりも厳しい訓練、無茶な命令。
　いつ死んでもおかしくない状況に置かれても帰還するコーディネイターたち。
　それを見た旧世代の人間たちの称賛と焦り。
「オレはまだいい。ラーナス財閥の後ろ盾があるからマシなんだ。でも…そうじゃない連中もいる…」
　姉に背を向けグラデルは荷造りを再開する。
「オレたちだって人間なんだ」
　呟かれた言葉。
　それはリネアの心に重く突き刺さる。
「オレはこれからコロニーに行く。地球にいるより仲間が多い分まだ差別は少ないはずだし」
「…お父さまはなんて？」
「何も言わないよ。ただ母さんからはうちの所有するプラントの権利をひとつ貰った」
「…そう…」
「姉さん…。オレはそこをコーディネイターの安息の地にしたい」
　それがグラデルと直接顔を合わせて交わした最後となった。
　
　コーディネイターとナチュラルの対立は様々な面で表面化していくことになる。
　一つはインフルエンザＳ２型の流行の際、ナチュラルの人口を激減させたそのウイルスがコーディナイターに全く影響を及ぼさなかったときであり、もう一つはＣ.Ｅ.５３年にジョージ・グレンがナチュラルの少年に暗殺されたときであった。
　またプラントにおける搾取が人々の上に暗い影を投げかけていた。
　それでもまだ人々は細々とではあったが対話の道を探り続けていた。
　コーディネイターの多くは親であるナチュラルを憎みきることは出来なかった。
　
「グラデルは度々地球に来ていたけど、私はあの子に会うことは出来なかったわ。私の夫は地球軍の将校で、プラントのコーディネイターとの接触は禁じられていたの」
　そうしているうちに状況は悪化して行き、地球上でもプラント支持国家と旧来の連合諸国との間での交流は途絶えていった。
「夫が死亡してから私は持っていた財産を全て処分してこのオーブに来たの。この国は中立であったし、国内にはナチュラルもコーディネイターも分けられることなく暮らしていたから会える機会はあると思ったの」
　オーブへの出国許可は取れたが、プラント支持国家への出国が認められなかったのが最大の理由だった。
　しかし、再会は許されなかった。
　
　Ｃ.Ｅ.７０年２月１４日。
　のちに血のバレンタインと呼ばれる事件が起きた。
「グラデルはその日、ユニウスセブンにいたの」
　彼は自らが愛したプラントにいた。
「ユニウスセブンは緑の豊かな良いところです。きっと姉さんも気に入るでしょう」
　それが最後に届いた手紙だった。
　
　子どもたちは皆表情を沈ませていた。
「そんな哀しい顔をしないで。あなたたちも昨日の放送を聞いたでしょう」
　プラントから地球に向けて停戦の申し入れがあったのだ。
　それは様々な回線を経てオーブに属するこの島にも入ってきた。
　オーブはカグヤの他政府の主だった機関を失ってはいたが、全ての都市が壊滅したわけではなかった。
「私たちはこれから話し合い、手を取り合っていかなければいけないのよ。ナチュラルもコーディネイターも」
　その時に忘れないで欲しいの。
　私には二人の弟がいた。
　ジョージもグラデルも同じ弟だった。同じ人間だったのだということを。

ＥＮＤ
200310051821