「はぁ…」
　書き文字が見えそうなため息に人々の視線はアスランに集中した。
　ため息をついた本人はそのことに全く気づいておらず、重苦しい空気をあたりにまき散らしながらテーブルに突っ伏していた。
「アスラン、アスランってば！」
　ガタガタと椅子まで揺らすような勢いで揺すられてアスランはようやく顔を上げた。
　心配そうに自分の顔を覗き込んでいるキラと物珍しそうに眺めているディアッカが見えた。
「何をやってるんだコイツ？」
「わかんないけど、ここの所なんか変なんだよね」
　キラとディアッカの会話は細切れの音となってアスランの耳を素通りしていく。
「…本当に大丈夫なの？僕のことわかる？」
　そうくり返すキラの顔にアスランはまた大きなため息をついた。
　
「カガリに会いたい」
　
　同じ顔ならキラじゃなくてカガリが見たい。
　もう何日も直接顔を合わせていない。
　それどころか声すら聞いていない。
　
「カガリを抱きしめたい」
　
　心配していたはずのキラとディアッカは明後日の方を向いて身体の凝りをほぐしている。
　だが、アスランの返答に収まりのつかない人物がいた。
「こぉの色ボケが！しっかり目を覚ましたらどうだ！」
　握り拳でアスランの頭を殴りつける。
「…人が忙しく働いているというのに色ボケおって！」
　プラント本国とエターナルの連絡役となって日々忙しく働いている自分を前に何たる様だとまくし立てている人の顔をアスランは睨み付ける。
「うるさいイザーク。どうせオレの苦しみなんて彼女のいないおまえにはわからないだろう」
「なにを！」
　すぐさま二人の間で低次元の言葉の応酬が始まる。
　そのやり取りを見ていたキラは「二人は仲がよいなぁ」とやや的外れな感想を口にした。
　
「そんなに会いたいなら素直にクサナギに行けばいいじゃないか」
　しごく真っ当なディアッカの言葉にアスランはイザークとの口げんかもそっちのけで落ち込みはじめる。
「……行くたんびにカガリはいないんだよ〜〜〜」
　シャトルの私用は禁じられている。
　それでも残存するＭ−１やルージュの調整にかこつけてクサナギを訪れているアスランであったが、カガリに会おうにもその相手がクサナギに不在だったり仕事が忙しくてそれどころじゃないと振られる日々が続いていた。
「停戦処理で大忙しだもんなぁ…」
　のんきなディアッカのセリフに「オレだって大忙しだ！」とイザークから苦情が寄せられたが、全員からそれは無視された。
「そんなに会いたいならおまえもＡＡに来るか？」
「へ…」
　一堂は目を点にしてディアッカを見た。
　さして気にも止めていなかったが、エターナルの艦内にディアッカがいるのは珍しいことだった。
　ザフトの人間のはずだが最近はすっかりＡＡのクルーと化しており寝床もかの艦内にあった。
「オレはコイツが書類を持ってきたって言うからラクス嬢を迎えに来たんだぜ」
　最近会議はすべてＡＡで行われている。
「マリューさんの調子どう？」
　合点がいったキラが問いかける。
「結構元気だぜ。悪阻もないみたいだし。まぁ、シャトルには乗るなって言われてるから」
　胎児の成長にはＡＡの居住区のように一定の重力が保たれている場所の方が身体にいいらしいとディアッカがＡＡ内で耳にした話を披露している。
　が、そんなことはアスランの耳には届いていなかった。
　ＡＡに行けばカガリに会える。
　その一点だけに集中していた。
　
　
「え？カガリさん？」
　ラクスと共に訪れたアスランに向けられて放たれた言葉は不運としか言い様がなかった。
「今日は一日クサナギで休養を取るそうよ」
　ここの所のオーバーワークに周囲から強制休養を言いつけられたという。
「あ゛…おまえ…運ないんだよな…」
　ディアッカの声は虚しい刃となって胸に突き刺さった。

END
200401120255