朝から屋敷の中では大人たちが右へ左へと大騒ぎをしている。
　何が起きたのか小さな子どもにはわからないが、自分を構っている暇など無いと言うことだけは分かった。
　いつもうるさいはずの乳母の姿もない。
　これ以上のチャンスはなかった。
　少女は部屋の奥に隠しておいた服を引っぱり出すと身につけていたドレスを脱ぎ捨て着替えはじめる。
　その服は以前見学に行ったモルゲンレーテでドレスでは動きづらいだろうと技師の一人が与えてくれた物だ。
　乳母にばれたら取り上げられることは必死なのでこれまで部屋の奥に隠しておいたのだ。
　その服に袖を通し、色を合わせた帽子を被る。
　長い黄金の髪を結んで帽子の中にしまい込む。
　試しに鏡を見てみればどこにでもいる子どもの姿に他ならない。
「いってきます」
　小声でそう呟くと部屋を抜け出した。
　警備がどこにいるかは熟知していた。
　その隙をついて街の中へと駆け出した。
　人混みにまぎれて歩く。
　どこにも自分を注目している人はいない。
　街の案内板を見てどこに行くかを考える。
　遊園地？動物園？
　ショッピングモールも見てみたい。
　でもまずは…。

「で、どこに行ったんだ？」
「屋敷に連れ戻された」
　悪戯を見つけられた子どものような表情で肩をすくめる。
「遊園地に行こうと思って入口まで行ったんだが私は金を持っていなかった」
　その言葉にアスランは唖然とした。
「困って立ち尽くしていたらキサカが迎えに来たんだ」
　世間知らずだったんだなと頬をかく。
　それ以前の問題のような気もしたが黙って次の言葉を聞く。
「流石に父上も不味いと思ったらしい。叱られはしたが、逆に普通に外出する機会を与えてくれるようになった」
　お小遣いも貰うようになったんだ。
　もっとも、外出には必ずキサカがついてきたけど。
　住んでいる世界が違う。そう思わずにはいられない発言だった。
「あとちょくちょくモルゲンレーテにも行かせて貰えるようになったんだ。あそこには技師の子どもも沢山いたから、遊び相手を見つけに行ったもんなんだけどな」
　結構な冒険だったみたいだぞ。
　なんせあの父が困っていたんだ。
　どんなことにも揺るがない自信を持った男はどんな顔で娘を見ていたのだろうか…。
「それから、その石をくれた」
　お前のような鉄砲玉はハウメアに護って貰ってもらえと…。
「母の形見だと言って渡された」
　え？！
　自分の胸元を飾る石を手に慌てるアスランにカガリは笑う。
「本当のことは知らないけど…」

END
200310041545