「まぁ…珍しい組み合わせですね」
　エントランスの扉を開けて出て来た少女は白いエプロンを外しながら近づいてくる。
「いまそこで会ってね。同じ場所に行くのだからということで乗せてもらってきたんだよ」
　はい、お土産。
　記者は慣れた仕種で紙袋を渡す。
「ありがとうございます。兄さん……あ…いつものビスケットなんですね」
　中を確かめた少女が嬉しそうに目を細める。
　それを見つめる記者の表情も嬉しそうだ。
「エレンフリートさん、ジェットさんこんにちは」
　あらためてそう挨拶する少女からエレンフリートは目を反らす。
「エレンフリートどうした。心拍数が急激に上がったぞ」
「黙りなさい。ジェット。………ごきげんよう。女王の卵」
　精一杯取り繕ってそうつげるとアンジェリークは優しく微笑み返してくる。
「ごめんなさい。レインってば今朝遅くまで作業していたんでいまは寝てるんですけどてる」
「べ…別にレイン博士に用事があるわけでは」
「あ、そうなんですか？なら今日はどうして？」
　ストレートに問われてエレンフリートは言葉を詰まらせる。
「ただ…レイン博士がカルディナから持ち出した資料がほしいだけで…」
「やっぱりレインが起きないと無理ですね」
　自分ではわかるが他人には理解できない雑然としたあの部屋から目当てのものを拾い出すなど至難の技だ。
「な…ジェットに探させれば目当てのものぐらい…」
「エレンフリートくん。そんな慌てなくてもいいんじゃないか？」
　ベルナールの声にエレンフリートは動きを止める。
「やっぱり、どんな形であれ他人の寝室に忍び込むようなマネは良くないと思うんだ。それに寝ぼけたレインくんがどんな攻撃をしてくるかわからないよ」
「…………」
　反論しようと思えば術はあるはずなのだが思うように言葉が見つからない。
「お夕飯までには起きてくるはずなんでそれまでゆっくりして下さいね」
「……あなたがそう仰るのなら」
「ありがとうございます。すぐにお茶の用意しますね」
　アンジェリークがキッチンへと消えてゆく。
　所在なげにソファに身を沈めるエレンフリートを探るようにベルナールは見つめる。
「エレンフリートくん、料理は得意かい？」
　思いがけない問いかけにエレンフリートは眉を寄せ、せわしなく眼鏡を直す。
「私の仕事は料理人ではありませんから」
「そうだね。僕も料理人じゃないけどね。ここでは………」
「お待たせしました」
　ベルナールの言葉はアンジェリークの登場で遮られた。
「エレンフリートさん、ジェットさんもご一緒にどうぞ」
　アンジェリークは四人分の紅茶と茶菓子を用意してきた。
「よろしければ。これも召し上がって下さい。美味しいんですよ。兄さんのビスケット」
「そりゃそうだよ。君のために作ったものだからね。それでアンジェ、手紙で貰った誕生会料理の件だけど、どうするんだい？」
「そのことで兄さんに相談があったんです。ヒュウガさんの故郷の食材のことで……」
「ああ、それなら今度…」
「私が力をお貸ししましょうか？」
　二人の視線がエレンフリートに集中する。
「お忘れですか？財団本部があるのは商都ファリアンですよ」
　交易の中心地であるファリアンで揃わない物はない。
　アンジェリークは大喜びで欲しい食材を上げて行く。
　それを記録するのはジェットの仕事だ。
　一通り伝え終わるとアンジェリークは上目遣いでジェットを見る。
「お願いできますか？」
「了解した」
「あとどうしてもわからないレシピがあって…作り方を知りたいんです」
　ディオンから聞いてきたかつてヒュウガが食べたいと言っていた故郷の菓子の話をする。
「それは私の方で調査しましょう」
「ありがとうございます。エレンフリートさん」
　アンジェリークの笑顔に見とれてしまう。
「作り方がわかれば何とかなるね。作る時は僕も手伝うからね」
「はい。前菜はレイン、メインはニクスさんとジェイドさんが作って下さるので兄さんは私とデザートをお願いできますか。そういえばロシュが飾りを調達してくれるって言ってたし。素敵なパーティになりそうですね」

「エレンフリート。そこは大さじですり切り一杯とあるぞ」
「今日の湿度を考えれば、もう少し足すべきです」
「しかし、それでは甘味が強くなりすぎると予測される……いや、エレンフリートそれは砂糖ではなく塩だ」
「え？でもこれには砂糖のラベルが」
「オレの計測に誤りはない。それとその卵だが、レシピの想定値より十グラム重たいので材料の計算を修正する必要がある」
「それでは最初からやり直しになるじゃないですか。味覚・栄養素共に今のが最高のバランスだったのに」

　二人が実験室で奇妙なことをしているとの報告を受け見に来たヨルゴは必死になって卵を泡立てているエレンフリートを見る。
「アレは何をやっているんだ？」
　手近な研究員に問いかけると料理にしか見えないという返事が返ってきた。
　他の研究員が答えを引き継ぐ。
「最近料理に凝っているようです」
「料理？」
「ええ。誰か、食べさせたい人が出来たのかも知れませんね」

おしまい
200812280211