一日の仕事を終え部屋に戻る。
　夕食の後は夜警担当者を除けば自由時間だ。
　ただし、表向きは。
　頭脳労働を主とする者は昼夜を問わず己が責務に当たるのが常だ。
　今日もそれは変わらない。
　ルクレッティアやレレイとの話し合いが終わったのは夜半をだいぶ過ぎてからのことだ。
　今夜は天気がよいようなので上の回廊を戻ろう。
　地下から行く道もあるが、宿屋の前を通ることを選択する。
　あの道は少し寂しいが悪くはない。
　ぼんやりと歩いていると「こんばんは〜」とののんびりした声が聞こえてくる。
「……ミルーンさん。こんばんは」
　ビーバー族一の美女はほの暗い灯りを手にルセリナを見上げる。
「疲れているのなら〜お風呂にゆっくりつかるのが良いですよ〜」
　疲れている？
　耳を疑ったが、そう言われてみると疲れているような気がする。
「わたし…疲れて見えますか？」
「ん〜〜〜。肩、こってませんか〜？」
　言われて首を捻ると間接が重たい音を立てる。
「……………いただいた方が良いのかも知れませんね」
　ルセリナはミルーンに微笑みかける。
「ふふふふふ。お嬢さん、お背中流しましょうか？」
　怪しげな声。
「え…」
　言葉を継ぐ間もなく腕が引っ張られる。
「あの…」
「一名様ご案内で〜〜〜す」
　ミルーンの声が聞こえた。

×××

　温かな湯につかりながらルセリナは自分を風呂場に連れ込んだ人物を見る。
「……ミアキスさま…」
「いいんですよ。無理しなくても」
　湯気の向こうでミアキスは笑う。
「まったく…王子といい、リオンちゃんといい…。若いのに考え込んだりすると禿げちゃいますよ」
　あと睡眠不足もお肌が荒れちゃうでしょ。
　ミアキスの励ましに涙が滲んできて慌てて目尻を拭う。
「あ…もう…。そんな顔しないで。苦情は王子やゲオルグ様に言えばいいんです」
　王子になすりつけろとはさっきと逆じゃないかとルセリナは口元を和ませる。
「それにしても……」
　ミアキスは男湯を睨みつける。
「カイル様。王子も、聞き耳立ててちゃダメですよ。当然、のぞきも不可ですからね。そんなことしたらまとめてエロ親父認定しちゃいますよ」
　言葉に続くように水音が聞こえルセリナは吹き出してしまう。
　その表情を見たミアキスがにんまりと笑う。
「そうそう、その笑顔です」
　笑う門には福来たるですから。ね。
　力強く指を立てて教えてくれるその人とこっそりと自分を気遣ってくれる人が嬉しくてルセリナは「はい」と力強く頷いた。

END
200606171217