時は限りなく広がっていく…。
　
　
今はとうに滅びた古き時の古き王国。
その片隅の大きすぎない地方領主の館。
そこで生まれ、育った。
十六の年、侍女を数名連れて森に出かけた。
館からさほど離れていない領地の森。
そこで、紋章に出会った。
突然降りだした雨から逃れるように入った洞窟。
その奥に青白く輝いていたもの。
それが月の紋章。
魅入られるように手にし、捕らわれた。
気がついたときには侍女の骸があった。
訳の分からぬまま迎えに来た父の配下の者たちに連れられて屋敷に帰った。
その晩…初めて人を襲った。
だが、人の血をすすろうとしたその寸前、我に返りそして、叫んだ。
その後の記憶はない。
気がついたときには幽閉されていた。
　
やがて気がついた。
血など求めなくても生きていけることを…。
　
長い長い年月。
どれほどの日が昇り、沈んだのか…。
そしてリィンに出会ったとき、初めてこの世にはもはや父も母も生きていないことを知った。
それでも穏やかに過ぎた蒼き月の村での日々。
　
あの日、紋章が盗まれなければ…。
　
紋章を失ってからの年月は宿していた年月と変わらなくなった。
　
街道で野宿する男は不思議な匂いをさせていた。
今までに会った者たちとは違う、不自然さを感じた。
人であって、人でなき者。
だからといって真の紋章を宿らせる者でもなく。
それは背後の剣から伝わる波動だった。
強烈な願いと呪いをはらんだ剣の下で男は暢気そうな顔をしていた。
その男は自分が吸血鬼であると知っても驚くだけで嫌がることはなかった。
どこかおかしいのではないかと思えるほどに。
　
リィンを倒せたのもこの男の手助けとがあってのことだった。
全身に怪我を負い助けてくれた。
こんな相手は初めてだった。
どんなことがあっても守ってみせるという心が聞こえた。
「オレが仲間になってやる」
そんなことを云っていた。
懇願でも哀願でもなく。
一人では寂しいだろう。
この数百年忘れていた感情。
寂しい。
一人は嫌。
誰か一緒にいて…。
封じ込めていた思い。
　
口にすれば、これから先の年月が重くなる。
死がないこの身で、如何に生きるのか…。
　
始祖を殺すにはどうすればよいのだろうか？
首を切り落とし、身体と引き離して燃やしでもすれば殺すことは出来るだろう。
死は全ての解放となるのだろうか…。
　
ネクロードを倒し、月の紋章を取り戻し…何をすればよいのか。
わからなくなったとき、あの男の顔が思い出された。
けれどこの広い世界で再会する可能性はどれほどのものだろうか。
　
だが、再会した。
ほんの偶然だった。
「運命的な再会だなぁ」
運命か。
なんらかの作為が働いてのことか。
差しのべられた手を取ることに躊躇する必要はなかった。
「愚か者。またそんなに怪我をしおって」
その声に男は嬉しそうに笑った。
馬鹿みたいに、満面の笑みを浮かべて。
　
　
この生命が途切れる日まで共にいよう。
　
おまえが望む限りいつまでもいよう。
　
その言葉…違えるな…。

end