たん城には居心地の良い空中庭園がある。
　ばたばたと賑やかな足音がしてカインは読んでいた本から顔を上げた。
「…あ、カインさん…こっちにフリックさんは来ませんでしたか？」
　蜂蜜色の髪を勢い良く揺らしながらニナは辺りを見回す。
「フリック？　さあね」
　ずっと本を読んでいたから…とカインは手にした本を見せる。
　するとニナは盛大な溜息をひとつつくと「見つけたら教えて下さい」とだけ言い残して駆けてゆく。
　それを見送ってからカインは忍び笑いをもらした。
「行ったみたいだよ」
　近くにある茂みからフリックがのっそりと身体を起こす。
「助かったぜ…カイン」
「……可愛い子じゃないか。気に入らないの？」
　意地悪くカインが言うと憮然とした様子でフリックは頭を抱える。
　その瞳には「コイツ三年前はこんなんじゃなかったぞ」という思いが見て取れる。
「あのな…カイン…。俺にだって好みってモノが…」
「忘れられないから…か」
　思い人のことは名を口にするまでもない。
　オデッサ・シルバーバーグ。
　門の解放戦争を起こした人。
　名門シルバーバーグ家に生まれ、その才能ゆえに帝国の腐敗に立ち向かった女性。
　もともとあの戦争はカインのものではなかった。
「でも…似てるよ。彼女も」
「どこが？！」
「僕が父さんから聞いたことのある彼女は大したお転婆で、思いこみが激しくって、一途で…」
　テオの話をカインは思い出す。
　頭の回転が早く、自分の意志を明確にすることを厭わない。
　そんな話だった。
「冗談はよせ…。あんな小娘と…」
　怒ってはいない。
　フリックはうんざりといった表情で剣の柄に触れる。
　それは無意識の動作。
　ポン。
　カインの手がフリックの肩を叩く。
「がんばれ、ブルーサンダー」
　真顔で放たれた言葉にフリックの肩が震える。
「カイン！　お前な…なんて嫌な奴になったんだ！」
　ポンポンと二度ほど震える肩を叩くと爽やかにカインは立ち去ろうとする。
「ちょっとまて！」
　振り返らずにすたすたと進む。
「おい！」
　振り返るとカインはニヤリと笑った。
「ニナ〜。フリックを見つけたよ〜。ここにいるよ」
　大きな声で下の道を行くニナに声をかける。
「あ、ありがとうございます。カインさん！」
　大きなニナの声が返ってくる。
「カイン…おまえ…」
「じゃあ、本当にがんばれよ」
　呆然とするフリックを前にちょっと気分が良かった。
　見上げればさん軍の旗がひるがえっていた。

おちなし