ふぁぁぁぁ…。
　大きな欠伸をしてナッシュは床に寝転んだ。
　毛の短い絨毯はつい先日手に入れたばかりもので、焚きしめられた香が眠気を誘う。
　微睡みながら傍らに腰を下ろしたシエラを見上げる。
「なんじゃ？」
「…膝枕…と言ったら許してもらえるかと期待しているんだけど」
　少し細身ではあるがやわらかな女性の太股はたとえそれが妖怪オババのものであっても魅力的だ。
「愚か者！」
　一喝されるかと思いきや、シエラは優しく微笑んだ。
「少しの間だけだぞ」
　その優しさに一瞬我が耳を疑ったが、笑顔で膝枕してもらえる機会などこの次いつあるかわからない。いそいそと頭をのせる。
　低めの体温がまた心地よい。
　あまりにも稀有な幸福を噛みしめているとシエラの手が頬を撫でる。
「どうし…」
　言葉は重ねられた唇によって封じられる。
　何が起きているのか…。
　突然のことに怯んだ次の瞬間、口の中に血の味が拡がった。
「っ…」
　長い口づけの後、シエラはナッシュの唇を解放すると、自らのそれを指で拭った。
「おまえ！いまオレで……」
　起きあがろうとしたが力が抜けてまた膝の上に戻ってしまう。
　貧血にあえぐナッシュとは対照的にシエラは満足げな笑みを浮かべている。
「なんか申したかえ？」
　力無く倒れ込んだまま文句も言えずシエラを見上げる。
　見つめられた方は唇に指を這わせ嬉しそうだ。
「おんしは愛いのう」
　唇から首筋へと指が動いていく。
　そのひやりとした感触に言葉も出ない。
「しばらく落ちつくまでこうしておれ。大事な……だからな」
　大事ななんだって？そう聞き返したいのに言葉も出ず、今置かれている立場に甘んじるしかない。
　シエラの優しい笑顔の裏に気をつけねばと思いつつも、その笑顔が見られるだけで満足している自分に苦笑するしかなかった。

END