「いいかいロイ。これから行くところがどこだかわかっているね」
　がたがたと揺れる馬車の中でエリウッドは息子に話しかけた。
「うん。オスティア」
　少し舌足らずな息子の返事にエリウッドは満足げに頷いた。
「そうだ。オスティアだ。オスティアはリキアの中心となる国だ」
　好奇心に目を輝かせる息子に分かりやすく話しながらエリウッドは久しぶりに会う友のことを思った。
「ははうえも一緒に来られればよかったのに」
「そうだな。リンディスも連れてくるべきなんだろうけど…。流石にみんなで城を空けるわけには行かないからなぁ」
　残念そうに頬を膨らませたロイの肩をエリウッドは抱き寄せた。
　最近なにかとベルンが騒がしい。
　表面上は静かだが、ベルンに程近いフェレには様々な噂が流れてくる。
　その中でもゼフィールに関する噂には無視できないものがある。
　あの日の少年に何があったのか…。
　今のゼフィールは突然戦を仕掛けてくる可能性も大いにあった。
　母は留守をかって出てくれたが、もしそのような事態が発生したとき母だけでは心許なかった。
　戦のことを分かっているリンディスを残してくることは避けられなかった。
「つまんないね」
　息子の言葉にエリウッドは考えを中断した。
「そうだな。リンディスももう随分とヘクトルとは会ってないからなぁ」
　最後に会ったのはウーゼルの葬式とそれに続くヘクトルの即位式でのことだった。
　エリウッド自身もフェレ候になったばかりで慌ただしく満足に話すこともできなかった。
　それまでに語り合った時間に比べれぱあまりにも長い空白だった。
　かつては三人で様々なことを語り合ったものだ。
　たわいもないことから世界の命運まで短い間に実に多くのことを話し合った。
　今だって手紙のやり取りは続いているが、それだってかつてのような頻繁さはない。
「そうだ、ロイ。オスティアにはおまえと同い年の女の子がいるぞ」
「女の子？」
「そうだ。『リリーナ』という名だそうだ。きっと可愛いぞ」
　ロイは口の中で何度も『リリーナ』とくり返すと大きく頷いた。
「エリウッドさま、ロイさま。オスティアの城壁が見えてきましたよ」
　馬車に並んで馬を走らせていた護衛のロウエンの声にエリウッドはありがとうとだけ応える。
　もうすぐオスティアに着く。
　かつて幾度となく通った道だ。
　友はどんな顔をしているだろうか。
　そして自分の息子と彼の娘はどのような友情を育むだろうか。
　エリウッドはもう一度息子の肩を抱き寄せると静かに笑みを浮かべた。

END
200401100344