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ジリジリジリ………。
目覚まし時計の音がして布団の中からのろのろと手が伸びる。
パシ！
時計を止めると手は再び布団の中へとしまわれる。
☆★☆
鼻歌まじりでホットケーキを焼いていたエスリンは少し心配そうに時計を見つめる。
「ねぇ、リーフを起こしてきてくれない？」
紅茶片手にホットケーキを食べていたアルテナは、立ち上がると二階のリーフの部屋へと向かう。
「リーフ、リーフ。時間なんだけど」
二度三度と優しく叩いても返事はない。
ドアを開け、ずかずかと部屋に乗り込むとアルテナは気持ちよく夢の中にいる弟の布団をひっぺがした。
リーフはよだれを垂らしながら枕を抱いて眠っている。
弟の顔を何度か叩く。
それでもリーフに反応はない。
アルテナはゆっくりと息を吸い込む。
「リーフ！ 起きなさい。遅刻するわよ。チ・コ・ク！」
怒鳴られたところでうっすらとリーフのまぶたが開けられる。
仁王立ちのアルテナを見ても何も感想はない。
「姉……上……？」
「時間よ。思いっきり、遅刻寸前よ」
時計を突きつけられ、自分の置かれている立場にようやっと気がつくとリーフはあわてて飛び起きる。
素早く制服を着ると、昨夜のうちに準備の終わっていた鞄を手にする。
呆れた様子で自分を眺めている姉の視線は無視して、二段とばしで階段を駆け下りる。
「あら、リーフ。ホットケーキ食べる？」
「一枚だけ！」
母の持ってきたプレートからバターと蜂蜜が薄く塗られたものを取ると口の中にねじ込む。
後ろで何か云われているがそれも無視して自転車に飛び乗る。
駅まで全力疾走すれば５分。かなり危険な技だ。
慌てて坂道を下って行く弟を窓越しに見ながらアルテナは紅茶を入れ直す。
「ねぇ、アルテナ。リーフったら傘持っていった？」
アルテナは「さぁ？」とだけ答える。
「夕方から大雨らしいのよ」
「そう」
「ところで、あなたはいつ出るの？」
「今日は送り迎えの足があるのよ」
母娘は楽しそうに顔を見合わせて笑った。
☆★☆
階段を昇りきるのと発車ベルが鳴り終わるのはほぼ同時だった。
ラッシュアワーの人混みに押されながらなんとか乗り込む。
すし詰めで30分も電車に乗るとき、リーフは心底この学校を選んだことを後悔する。
中等部は近所だったのに高校だけどうしてこうも遠くなるのか。
それは大きな疑問だった。
最寄り駅に着いたとき、リーフの時計は遅刻ラインギリギリを差している。
今日遅刻すると若干単位が危うくなる。
ダメもとでリーフは走りだした。
（…おかしいなぁ。確かに目覚ましかけたのに…）
自分が目覚ましを消したとは露ほどにも思っていないリーフであった。
坂を駆けのぼるリーフの前で校門が閉められつつある。
なんとか滑り込みで構内に入り込むと予鈴の響く中、教室に入る。
「よぉ、リーフ。おせーじゃん」
「目覚ましがならなかったんだよ」
ぐったりとして机の上に置いた鞄に突っ伏す。
「大方自分で止めたんじゃないのか？」
「ああ、みんな。今、先生から連絡が入って、この時間は自習になったのでプリントを配ります」
クラス委員の言葉にリーフの疲れはどっとました。
☆★☆
１日の授業が終わると、すでにリーフは屍のようになっていた。
「よぉ、当たり日だったな」
レスターの鞄がリーフの後頭部を襲う。
「いって…」
「完璧だよなぁ。１限意外は全部あたってんじゃん」
「冗談じゃないよ」
後ろ頭をさすって顔を起こす。
「まぁ、あとは部活だけだ。頑張れ」
「あれ？ レスター……弓道部は？」
「休み。いいだろう。オレはこれからデートだ」
くしを取り出して髪を整え直してみせる。
「パティ？」
もちろんとばかりにレスターは頷く。
「いってらっしゃい」
レスターの背に向かって手を振る。
その姿が見えなくなると、「どっこいしょ」のかけ声と共に体を起こす。そのじじむささに自分でも呆れてしまう。
のろのろとフェンシング部の部室まで歩いて行く。
部活棟の内部は、男子校特有の臭さが充満している。
（なんか……ツイてないよな）
部室にたどり着き、ドアを開けようとして張り紙に気がつく。
『本日、休部 めんどうなのでやすみさ〜』
その文章の前にリーフは自分の不運ぶりを呪った。
☆★☆
重苦しい気分と足を引きずりながら地元の駅で自転車に乗る。
（はぁ、よかった。パンクしてないや）
自宅への道を走り出したとたん、バケツをひっくり返したような雨が降りだした。
戻ったところでどうなるわけでもなく、そのまま自転車を走らせる。
ずぶぬれになる前に家に帰り着く可能性はある。しかし、その考えをあざ笑うように雨は激しさを増す。
（やっぱり…今日は不幸だ）
その瞬間、リーフの真横を車が路肩の水を巻き上げながら走り抜けていった。
《おわり》
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