「アイク。聞いているんですか？！」
　ドン!!
　木の机に拳をたたきつけてセネリオはやる気なさげに椅子にもたれ掛かっているアイクを見た。
「聞いてない」
　ぼそりとアイクは返す。
「………」
　ドアの方を向いて足を投げ出している様はこの傭兵団のボスとはお世辞にも言えない。
　口元は不満げに歪められており目つきはごろつきの一歩手前だ。
　セネリオはわなわなと拳を振るわせている。
「一体……あなたは……なにを…」
　怒りのあまり言葉が上手く出てこない。
　許されるなら今すぐエルウィンドでもぶつけて目を覚ましてやりたいところだ。
「アイク!!」
　やる気のない視線が向けられる。
「………………」
「おまえ…何か不満でもあるのか？」
　むっとしたまま言われても怒りばかりがこみ上げてくる。
「アイクなんか……アイクなんか……」
　大っ嫌いだ！
　こんなアイク死んでしまえ！

×××

「……アイク…おまえ何かしたの？」
　机に突っ伏したまま「アイクのばか」と唸っているセネリオを指してボーレがニヤニヤ笑いを浮かべている。
「いや……。それにしても物騒なヤツだな」
「殺したくなるような事ってホントにしてないのか？」
　二人は苦しむ人を起こすわけでもなく放置して楽しんでいる。
「……で、起こした方がいいんじゃねぇか？」
「面白そうだし、放置してみてはどうかな」
　背後から聞こえた声にぎょっとして二人は振り返る。
「…アニキ…」
「…オスカー……いいのか？」
「セネリオの寝顔なんて滅多に見られるもんじゃないし。このままの方が起きたときに楽しいかもしれないよ」
　それじゃ、他のメンツも呼んでくるよ。
　オスカーが背を向けた瞬間だった。
「逃げるんですか？」
　妙にはっきりした声が聞こえてきた。
「………………」
　ぎくりとして三人が息を潜めた次の瞬間だった。
「こんなアイクなんて…こんなアイクなんて…私のアイクじゃない」
　声ははっきりしているものの視点は定まらない。
「寝ぼけてるんじゃないのか？」
　危うい表情にボーレの頬が引きつる。
「……オレは逃げるからな。がんばれよ」
　アイクの背中を押し、示し合わせたように兄弟は逃げていく。
　残されたアイク一人をセネリオは半開きの目で睨みつけている。
「…セネリオ……」
「言い訳なんて聞きたくありません！」

×××

「本当に、本当にすみません」
　必死に謝るセネリオの向かいには無数の擦り傷を負ったアイクがいる。
「もういいから」
　何度も頭を下げる人を前にアイクはむすっと椅子に座っている。
　そんな二人の傍でミストは大量の傷薬を調合しながらため息を吐く。
「お兄ちゃんたち…痴話喧嘩でもしたの？」
「……なんでそうなる…」
　ますますふくれたアイクは明後日の方向を見てため息を吐いた。

END
200606181126