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頃は花の季節。
マリータは久しぶりに故郷の村に帰ってきた。
数日後に行われる幼なじみの結婚式に合わせてこの地に戻ってきた。
白い手作りのヴェールと青いドレスに身を包んでパトリシアは少し恥ずかしそうにマリータを見た。
親友のドレス姿をマリータは手放しで褒め称え、ぎゅっと抱きしめた。
パトリシアは同じように式のためにドレスを着たマリータの美しさを讃えると力強く抱き返す。
「ありがとう、マリータのドレスも素敵よ。なんて綺麗な赤」
心のこもった抱擁に鼻の奥がつんとしてくるのを感じながらマリータは手紙をつけた小さな小箱を差し出した。
「これ…」
細かい蔦をあしらった細工は名工の手によるものを示している。
戸惑いながら手紙を開く。
中には綺麗な文字で婚礼を祝う言葉が記されている。
そこに印されたサインを見てパトリシアは大きく目を開いた。
その手紙はトラキア王となったリーフからのものだった。
箱の中には祝いの品として色とりどりの刺繍糸が納められている。
それだけではない、箱の底にはもう一通の手紙があった。
その手紙を読み始めたパトリシアの目から大粒の涙がこぼれた。
「パット？」
口元を押さえ、パトリシアは届けられた手紙をマリータに見せる。
−−−大好きなパットへ
そんな書き出しではじまる手紙は、今やアグストリアの王妃となったナンナからのものだった。
手紙には元気でやっていることと、可愛い男の子が産まれた事が書かれている。
「これ…どうしたの？」
「リーフさまが、取り寄せてくれたみたいなの」
グランベルを挟んで大陸の反対側。
どんなに馬を走らせても最低一月はかかるその距離を手紙は旅してきた。
一体、この手紙一通のためにどれだけ往復したのだろうか…。
東トラキアの小村の人間には想像もつかない距離だった。
「何かの使者のついでだったらしいの。安心して」
恐縮して声を失うパトリシアを安心させようとマリータは説明する。
「ええ、そうみたいね。まったく…ルーもナンナも…」
同じことが手紙にもあったのだろう、パトリシアは指で涙を拭うと懐かしむように今は遠くなった友人たちの名を呼んだ。
身分を隠したリーフをルーと呼び、ナンナとからかって遊んだ少女時代。
「ありがとう。マリータ」
もう一度パトリシアはマリータを抱きしめる。
再びこぼれ落ちそうになる涙をマリータの指が拭っていると、扉が開いた。
「パトリシア、準備はいいか？」
入ってきたハルヴァンは少し驚いてからしげしげとマリータを見た。
「どうしたの？ お兄ちゃん」
妹に声をかけられると慌てて向きなおる。
「…あ、ああ…。そうだ。そろそろ時間だぞ」
ハルヴァンにしては珍しく声が上擦っていた。
そんな姿にかつての少女たちは声を上げて笑う。
「ちょっと待って」
パトリシアは手紙と小箱を大切にしまうと村の広場に向かった。
結婚式は賑やかに執り行われた。
満開の花の下で手作りの酒や料理を持ち寄り、村人たちはパトリシア達夫婦を心から祝福し、やがて生まれてくる子どもの無事を祈った。
酒と祝いの言葉が辺りに満ちる。
式の最中、花嫁は兄の手を引くと幼なじみのもとにやってきた。
「ねぇ、マリータ」
パトリシアはここ一番の笑顔を作るとマリータの手を取った。
「マリータに大切なお願いがあるの」
強く手を掴まれてマリータは戸惑った。
その戸惑いもわかった上でパトリシアは口を開いた。
「お兄ちゃんをよろしくね」
「はぁ？」
その声はマリータとハルヴァンの二人から同時に起きた。
「ルーもナンナも同じ気持ちよ」
さらりと言ってのけると呆然としたままの二人を残してパトリシアは夫のもとへと走っていった。
残された二人はばつが悪そうに互いの顔を見合わせると小さくため息をついた。
「もぉ…パットってば…」
「まったく、あの妹は…」
同じような愚痴が飛び出して二人は吹き出した。
「パット…綺麗だね」
並んでパトリシアの姿を見つめる。
今日が最高の幸せとばかりに輝くパトリシアの表情にマリータは微笑みを浮かべる。
「なぁ…マリータ…」
ハルヴァンの言葉は聞かなくてもわかっていた。
マリータはそっと手をのばして腕を絡ませる。
太い腕に頬を寄せると温もりが伝わってくる。
今は、言葉はいらなかった。
トラキアの大地に花が咲く。
力強く、そして優しい薫りを漂わせて…。
おわり
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