穏やかな陽光に誘われるように彼は庭の一郭に設けられた墓所に向かった。
　手には温室で育てた一輪の花が握られている。
　よく日の当たるその場所に立ち、今は亡き人に花を手向ける。
「ロイが…旅立ったよ」
　オスティアに留学させたときとは違いこれから息子が向かう先は戦場だった。
「いつの間にか…立派に育ったもんだ」
　ついこの間までは赤ん坊だった気がする。
　いつの間にか歩き出し、剣を持ち、部下を率いて戦場に立つまでになった。
「君が生きていたら…」
　それは言ってはいけない言葉だった。
　失われた生命は戻らない。
「…私たちの子どもだ。きっと元気に戻ってくる」
　死者からの返事はない。
　だが、耳元に亡き妻の笑い声が聞こえてくるような気がする。
『大丈夫』と頷き、あなたも元気になりなさいと彼の背を力強く叩いてくれる人。
　懐かしい記憶。
「もう…二十年か…」
　二十年前、父を捜すために旅に出た。
　そしてその人と出会った。
　あの頃のような体力はない。
　だが、あの頃以上にやるべき事はある。
『立ち止まっている暇はないのよ』
　そんな声が聞こえてきそうだ。
　いつも前向きな女性だった。
「…そうだな…。私はここでやるべき事が沢山あったな」
　リキアのために…。
　何よりもこの地を愛する人々のために。
　そのためにすべきことをしよう。
　旅立っていった息子とは違う戦場を目指して彼は歩き始めた。
　

おわり