空の玉座がある。
　主を亡くしたその場所には言い様がない空虚さが漂っている。
　こんな玉座を見るのは二度目だった。
　ずっと幼い子どもの頃…父を亡くした。
　あまりにも急なことで、何が起きたのかははじめはわからなかった。
　ただ、ただ、玉座が空なのが怖く、哀しかった。
　城内がにわかに慌ただしくなり、誰も自分を見る人はいなかった。
　一人で何もできずに、行き交う人から隠れるようにカーテンの影から空っぽの玉座を見て過ごした。
　誰かに見咎められるのが嫌で泣くこともできず、膝を抱えていた。
　玉座の主と一緒に自分がいなくなってしまったような気がしたのだ。
　そうして過ごしていたら、オズインが見つけてくれた。
　−−ウーゼル様から玉座の間にいるヘクトル様をお連れするよう言われました。
　そうだ。
　城の誰もが幼い子どものことなど忘れていたとき、兄だけは自分がどこにいるかを知っていた。
　兄だけは…。
　どんなことをしても自分のことを見ていてくれた。
　目の回るような忙しい日々も、必ず自分に声をかけてくれたのだ。
　ただ忙しい姿だけで記憶に残らなかった父よりも、父親のように思えた。

　−−ヘクトル、お前もオスティア侯爵家の人間なら、自分で決めた事は口に出していなくても最後まで必ず責任を持て。
　
　それが口癖だった。
　
　最後まで…。
　
　その口癖のどおりの人だった。
　最期まで何も言わずに自分の思ったとおりの道を歩んでいた。
　
　−−オスティア侯というのは忙しいからな。もっとも国はオレがいなくても仕事が滞りなく進むよう手はずは整えてあるがな。
　
　そういって話をしたのはいつのことだっただろうか。
　もっともっと話したいことがあった。
　聞きたいこともあった。
　早く気がついていれば良かったのに。
　兄の片腕になると言っておきながら何故気がつかなかったのか。
　取り戻すことの出来ない後悔ばかりが胸に降り積もる。
　誰にもぶつけることの出来ない自分に対する憤りばかりが手の中に溜まっていくようだ。
　
「やっぱり…ここにいたのね」
　心地よい声が聞こえた。
　声の主は軽やかに駆け寄ると横に並んで空の玉座を見つめる。
「何でわかった？」
「あなたならここにいると思ったの」
「…そうか」
　柔らかな身体に腕を回し抱き寄せる。
「大丈夫よ。あなたなら」
「………」
「だって、私がいるじゃない」
「そう…だな。お前がいれば、誰にも負けないな」
　誰よりも強く、優しく生きてきた人。
　そして誰よりも素直に自分に向き合ってくれた人。
　その人を強く抱きしめる。
「そうだ。お前がいれば、オレは自分の信じる道を歩ける」
　
　明日には自分が座ることになる玉座を見つめ、ヘクトルは心の中で誓った。
（兄上、父上。そして全ての過去のオスティア侯たちよ。オレはオレとして、そしてこの女性と共にあなた方の後を継ぎます。だから…）
　

END