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戦争が終わってからどれだけの時間がたっただろうか…。
いや、いつ戦争が終わったのか、それが何年前のことだったか彼女は分かっていた。
そう昔のことではない。
でも、思い出として話ても良いほどの時間だ。
戦争とその後に続いた長い圧政。そして解放戦争…。
それらを越えて世界は昔のような輝きを取り戻そうとしていた。
いくつもの希望にあふれた国が建った。
希望は若葉のように茂っていき、失われていた時代を、世代を取り戻そうとした…。
そうしているうちに時は瞬く間に流れていったのだ。
晴れた空を見上げて彼女は一人、昔を懐かしんだ。
昏い闇を振り払った聖剣の輝き…と祈りの調べ。
自らのため、愛する人のために戦った。
弱い力でも負けないために戦い続けた。
取り戻したかったのはささやかな幸せだ。
両親がいて、兄姉がいて、幼友達がいて笑いあえる。
そんなささやかな日を取り戻すために戦ったのだ。
闇におびえる小さな少女が望んだのは小さな幸せだった。
ある者は武器を、別の者は魔法を、杖を手に祈る者たちにも同じ思いがあった。だからこそ、戦えたのだ。
「母さん。あのね…」
子供の声がして彼女は振り返った。
母親譲りの容姿を持つ少女はやわらかな焦げ茶の瞳を輝かせている。
「どうしたの？」
「あのね……」
胸元にぎゅっと抱きつくと隣村のお祭りに行って良いかと尋ねてくる。
「いいでしょ。暗くなる前に帰るから、お兄ちゃんと一緒に行っていいでしょ」
「遅くなる前に帰るのよ」
「うん」
少女は元気よく答えると柵の向こうにいるやや年長の少年に手を振る。
二人の子供たちが喜んで大声で喋っていると、小さな子供のうなり声が聞こえた。
「ずるーい。おにーちゃんもおねーちゃんもずるいの…。あたしも、エシーも行くの！」
幼い少女は地団駄をふんでいる。
「エシー。まだあなたは自分で馬に乗れないでしょう」
「でも、エシーも行くの！ 行くの！ かあさまかとうさまの馬で行くの！」
「ダメよ。母さんには今日中にやらなきゃいけないことがいっぱいあるの」
めっと怒ると少女は頬を膨らませてまだ何かを云おうとしている。
「とうさまにたのむもん」
父親の仕事部屋へとかけ込んでいく。
その姿に彼女は呆れ、次に微笑んだ。
こんな何でもないことがひどく嬉しいことがある。
幼い頃は夢でしかなかった景色。
それがここにはあった。
「ね、だからエシーも行くの！ 連れてって！」
父親におねだりする声が聞こえてくる。
末娘に甘い父親は何度かお願いすれば仕方ないと言いながら連れていってくれるだろう。
「本当に、甘いんだから…」
そういう度に父の姿が浮かぶ。
彼も苦しい中で何度自分のわがままを聞いてくれたことだろう…。
思いに耽っていると仕事部屋のドアが開いた。
かつての騎士はめんどくさそうに頭をかくと彼女を見た。
「仕方ないな。エシーを連れてちょっと行ってくるよ。君はなにか欲しい物はあるかい？」
首を振ると彼は決まり悪そうに笑った。
「期待しないで待っていてくれるかな」
「ええ。いいわよ」
これ以上の幸せの他に望む物は何もなかった。
家族がいる。
それだけで今は何物にも代え難いほど幸せだった。
おわり
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