|
「オヤジ」
アイクは馬を並べる父を見る。
「どうした？」
「少し寄り道したいんだがいいか？」
「寄り道？なんだどこに行くんだ？」
「ミストに頼まれた物がそろそろ出来上がるはずなんだ。森の向こうのじいさんのところに寄っていいか？」
森の向こうにはかつては都の教会に勤めていたという老人が住んでいた。
「それぐらいの用事なら行ってこい。俺たちは先に帰ってる」
「わかった」
了承を得て隊列から抜け出す。
「どうしたアイク？」
仲間の声に手をあげて隊列から離れることを告げる。
「ミストのお願いじゃ仕方ないな」
本拠地の館に残してきた妹はみんなのアイドルだった。
仲間たちの笑い声を聞きながらアイクは横道へと馬を進ませた。
森の中を抜け、しばらくすると少しだけ開けた平地になる。
そこに一軒だけ立つ小屋へと向かう。
傍らの畑にいる老人を見つけ声をかける。
「じいさん。ミストが頼んでいたあれ出来てるか？」
「なんだ。いま帰りか？例のもんならとうに出来ておるぞ」
手を休めた老人は小屋の中に戻ると一抱えの包みを持ってきた。
「直しておいた。嬢ちゃんに使えるかはまた別だがな」
「恩に着る」
「なに。いいってことよ。また旨い酒でも持ってきてくれればな」
「ったく、酒ばっか飲んでると早死にするぞ」
呆れながらもアイクは手に入れてきた酒の入った革袋を馬から外す。
「なになに。酒は百薬の長。人生の友よ」
ほくほく顔の老人に肩を竦めるとアイクは馬に乗る。
「じゃあな。じいさん」
「おう、アイク。次に来るときも酒を頼むぞ」
「へいへい」
アイクは馬を巡らせ来た道を戻って行く。
頼んでいた物さえ受け取ってしまえばあとはゆっくり帰っても問題なかった。
馬の足を緩やかにし、森の空気を吸い込む。
いい気分だった。
だが、その気分は女の悲鳴と共に破られた。
盗賊か？
だが、ここは普通の旅人が足を踏み入れるような土地ではない。
道に迷ったのならともかく、もし老人の客であったら寝覚めが悪い。
悲鳴の聞こえた方へと馬を急がせる。
続けて二度の悲鳴。
アイクは馬の息を落ちつかせながらその場所へと近づいて行く。
見えたのは身なりの良い女と、このあたりの盗賊とは違った出で立ちの男たちだった。
女に向かって剣が振り下ろされようとしている。アイクはとっさに小刀を投げた。
「うおぉぉぉぉぉ！」
男の叫び声が上がった。
時を置かずに男たちの前に躍りでる。
「女一人に、男三人って言うのは卑怯じゃないのか！」
剣を構える。
「邪魔すんじゃねぇ！」
挑みかかってくる男たちをアイクは確実にしとめて行く。
「邪魔？人の家の庭先で女を襲うようなヤツは邪魔して当然だ！」
男たちの太刀筋を読む。
形も悪いし、力も弱い。
軍人の動きではない。
三人がまとめてかかってくれば手強いが、一人一人ならば戦場を生き抜く傭兵から見れば簡単な相手だった。
全ての男を倒してアイクは背後で震えている女を見た。
「大丈夫か？」
その言葉に女は頷く。
「道に迷ったのか？近くの街まで送るが」
「……あ…。お願いがあります。わたくしをグレイル殿の館に連れていって下さい」
▽▲▽
グレイルはアイクの馬に乗った女を見ると驚いて駆け寄ってきた。
「グレイル団長ですね」
怖いぐらい真面目な顔をしてグレイルは女の手を取った。
彼らが館の中に姿を消したのを見届けてからアイクは厩舎へと向かう。
「お兄ちゃん！」
馬をつなぎ終えるのを待つでもなく妹の声が聞こえた。
「ミスト。今帰ったぞ」
「お帰りお兄ちゃん」
ミストはアイクに抱き付くとじっと顔を覗き込む。
「あ…ああ。じいさんところから貰ってきたぞ」
老人から預かってきた包みを掲げる。
「ありがとう」
包みを受け取ると、嬉しさにミストは飛び跳ねる。
「じいさんはおまえでは使えないかも知れないと言っていたぞ。何を頼んだんだ？」
「魔導書の修理。母さんの荷物を整理していたら何冊も見つかったの。よくわからなかったけど、あのおじいさんは魔導書の修理が出来るって言っていたから」
包みを解き嬉しそうに抱きしめる。
「そうか…」
「うん」
二人が厩舎から出るとこちらに駆けてくる人の姿が見えた。
「アイク」
「どうした？」
「団長がお呼びです」
先ほどの女となにかあったのだろうか？
考え込むアイクの姿にミストは首を傾げる。
「じゃぁな。オヤジのところに行ってくる」
ノックをして中にはいるとグレイルと女の他にティアマトの姿があった。
「アイク…」
父の言葉にアイクは耳を傾ける。
語られた内容は恐るべき物だった。
女は俯いたままスカートの襞を握りしめている。
「ならば、戦わなきゃいけないんじゃないのか」
話を聞き終え、開口一番に告げる。
「そうか…お前は戦う必要があると言うんだな」
「ああ」
「ならば命令を与える。おまえは王女を連れて行け」
アイクは父の言葉に耳を疑った。
「王女の無事を確保するのが先決だ。姫を同盟国へとお連れしろ。出発までの世話はお前に任せる」
「ちょっとまてよオヤジ！」
「いいな。これは命令だ。わかったなら姫を連れて下がれ」
これ以上の質問は受け付けないといわんばかりの態度にアイクは部屋を後にした。
扉が閉められるのを見送ってティアマトはグレイルを見た。
「これで良いのですか？アイクには…」
「良いのだ。なにも知らない方がアイツのためだ」
END
200404252358
|