| 「香穂。呼んでくるついでに本命に渡して来たら？」
天羽の言葉に香穂子は首を横に振る。
「行かないの？」
「あげたい人はいるけど……ちょっと違うんだ」
今年一年、みんなには世話になったからチョコは用意してきた。
でもそれはあくまでも義理のありがとうチョコ。
本命はそこにはいない。
「しかしあんたも大変よね」
「なにが？」
「普通科に残って、大学はうちの音楽にするんでしょう。土浦くんなんてあっさりと転科決めたのに」
「うん。今の私では音楽の基礎が全くないでしょう。だからいきなり転科しても勉強にはならないから。そのかわり、音楽科の先生が総掛かりで教えてくれるって」
技術的なことは月森を担当していた教師が見てくれる。
それ以外の授業に関しては金澤が補習を買って出てくれた。
受験に必要な副科については外部進学ならピアノは必須だが、内部だけなら他の方法もあると言われている。
「偉いぞ！ガンバレ！」
「うん」
そんな会話を交わしているうちに時間に細かい面々が集まって来る。
この面子。意外と遅刻癖のある人間がいないのだ。
全員が時間通りに揃うと特大のガトーショコラを前に紙コップで乾杯する音が響いた。
「香穂ちゃん、一緒に帰らない？」
音楽科をうろついていると火原に呼び止められた。
「いえ。今日もこれから金澤先生と補習なんです」
勉強は少しでも早いうちに始めた方がいい。
そういわれて少し前から放課後は毎日補習を受けているのだ。
「そっか。じゃぁ、仕方ないね。勉強頑張ってね。オレで手伝えることがあったらなんでも教えるから」
「ありがとうございます。火原先輩に頂いた教科書役に立ってますから」
火原は三年間使い込んだとは思えない教科書が、柚木からは美しくまとめられたノートが贈られていた。
「そっか。じゃ、頑張ってね」
「はい」
火原と別れ音楽準備室のドアを叩く。
「どうぞ」
中にはいると鼻歌を歌いながら金澤が机の上に積み上げられた小さな包みの山を紙袋に詰めていた。
「おう。補習だったな。土浦は用事があるとかで休みだが………」
「すごいですね」
「あ？これか？ワイロだよ賄賂」
「そんなこと無いんじゃないですか？」
大きさはどれも小振りだが中にはブランド品も見られる。
「でなきゃ余興だ」
とにかく授業を習っている教師全部に贈る生徒もいるが、ラッピングすらしてない猫の餌なども紛れているのは金澤の趣味をよく知っているとしか思えない。
「これは、本命チョコなんですが」
さりげなく手に乗せると金澤は目を瞬かせる。
「おい…おい…」
「嫌われてるようなら…自分で食べます」
「あのな…」
取り上げようとする香穂子の手に思わず引いてしまう。
「……大人をからかうんじゃないと言ってるだろう」
そういいながらも嬉しいのか照れ隠しとばかりに髪をかき回してくる。
「……………補習始めるぞ……」
向かい合わせに座ってテキストを開く。
さて、今日はどんな授業になるんだろう。
END
20070328183 |