「月森くんがね、土浦くんに縋って泣いていたらしいの」
　森の言葉に弁当を食べていた香穂子の手が止まる。
「は？」
　反射的に手を止めたものの自分が聞いたことの意味を理解するまで時間がかかった。
「この間、屋上に行ったときに見たって人がいるの」
　月森が土浦に縋って…。
　しかも屋上で…。
　あらぬ妄想が脳裏を駆け巡る。
「あの二人が…」
　月森が土浦に……。
　仲が悪いと思っていたのに…いつの間に…。
「日野さん？」
「え？あ？」
「ちょっとびっくりよね」
　なにやら続ける森の声は香穂子の耳には入らない。
「……なんの悪巧みだ？」
　頭上から声がして顔を上げると噂となってる本人がいた。
「あ…が…つ…土浦くん！」
　動揺し捲くりの自分の声に香穂子は慌てる。
「なんだ？オレの噂をしてたのか？」
　呆れたような声に言葉もでない。
「土浦くん」
　言葉のでない香穂子に代わって森が口を開く。
「月森くんに泣かれたってホント？」
　ストレートな問いかけに土浦の動きが止まる。
「………あ……ん……あああ…！」
　なんのことだか合点がいった土浦は呻きながら香穂子を見る。
「あれはあいつが……いきなり」
　いきなり泣いた？
　森が目を瞬かせる。
　ここに天羽がいたらセンセーショナルな記事になりそうだ。
「いや、だから…あれは月森が…」
「俺がどうした？」
　天然の間の悪さ…。
「………」
　押し黙った一同に月森が眉を寄せる。
「つ…月森くん。土浦くんに縋って泣いたって噂になってるんだけど」
「…………！」
　森の言葉に月森は香穂子と土浦を交互に見る。
「…誤解の無いように言っておく。あれは偶発的な事故だ」
「……」
「目に埃が入って目頭を押さえていたときに彼が側を通っただけだ」
「………」
　信じてない。
　そんな視線に月森は土浦を睨みつける。
　フォローしろと言わんばかりだ。
「まったく、こいつがオレに縋るなんて気持ち悪いと思わないか？」
　偽ることのない気持ちを口にする。
「そうよね。ホントなら天羽さんに売り込むんだけどなぁ…」
「森…」
　呆れるような土浦の声に森は「残念だったね」と香穂子を見る。
「くだらない噂はやめてくれ。日野、君も馬鹿みたいな噂に流されたりしないことだ」
　それだけ言い残すと月森はすぐに行ってしまった。

　少年たちがそれぞれ別の場所へと立ち去ったあと残された少女二人はため息をつく。。
「本当だったら…これもひとつのヴァイオリンロマンスかしらねぇ」
「歴史に名を残したかもね」
　星奏学院史上最凶の恋になるかも知れない。
　リリがどう思うかは別にして…。

　少女たちの思いを少年たちは知らない。

おしまい
200704042131