「やっぱダメか…」
　携帯を閉じながら土浦は前髪をかきあげる。
「どうしたの？」
　弁当を食べる手を止め香穂子は土浦に尋ねる。
「ああ…好きな指揮者が来日するって言うんで親父にチケット頼んだんだが、無理だって言われた」
　都内で開かれる音楽祭に参加するため来日するのだが、一公演しか指揮をしないため猛烈な勢いでプラチナチケットになっているらしい。
「一般発売日が授業と重なっていてさ…。プレイガイド分も申し込んだし、ホールの友の会の抽選も申し込んだんだがダメだった。仕方ないから親父に聞いてみたが、無いそうだ」
　元々土浦の父の会社が直接関係しているわけではないので望みは薄かったがここまで無理だといっそ清々しい。
「オークションは高校生の小遣いから離れきってるし…」
　あとは当日は譲ってくださいのメッセージボード持って立つしかない。
　ボードを抱えて立つ土浦を想像して香穂子は吹き出してしまう。
「香穂…おまえなぁ…」
「だって、なんとなくイメージじゃ…」
　どうせ音楽科には見えないとか散々言われているが…。
　むすっと土浦に香穂子はまた笑ってしまう。
「そのチケット。僕が手配しようか？」
　背後から声が聞こえて土浦はため息をつく。
「加地……」
　当然のように二人がいるテーブルに入ってくる。
「そのイベントの関係者なら知ってるから頼んでみようか？」
「断る」
　土浦は即答する。
「つれないなぁ…」
「当然だ。おまえに借りを作るととんでもないことになりそうだからな」
　土浦の性格上誰が相手でも貸し借りが嫌いたというのはわかるので加地は肩を竦める。
「あ、日野さんのために手配しようかな。僕は日野さんのためならどんなことでも出来るよ」
「いらない」
　香穂子ではなく土浦が答える。
　これみよがしに肩を抱いて「おまえの施しはなんか危険だ」と言い放つ。
「酷いな土浦、人を悪徳商人みたいに言わないでよ」
「違うのか？」
「借金のカタに肉を取ったりはしないよ」
　二人のやり取りを静観しつつ香穂子は箸を進める。
　こういう気安いやり取りを見ているとここに月森がいれば面白いだろうにと思ってしまう。
「ねぇ、日野さん！」
　 突然声をかけられからあげにかじりつこうとしていた香穂子は「えっ……」と動きを止める。
「チケットが入ったら僕とデートしない？」
「だからそれは間に合ってるって言ってるだろ」
「土浦には聞いてない。僕は日野さんに聞いてるんだ」
「人の彼女を彼氏の目の前でデートに誘うって言うのはおまえいくらなんでも空気読めなすぎだぞ」
　あきれ返った土浦の声と弾んだ加地の声。
　香穂子は二人を見比べて小首をかしげる。
「ねぇ日野さん！」
「香穂。この馬鹿は放っておけよ」
　からあげを弁当箱に戻すと香穂子は二人を見る。
「で、加地くんは…本当は梁とデートしたいんじゃないの？」
　その言葉に土浦は絶句し、加地はうな垂れる。
　今の話を聞いていたらどうしてそうなるんだ。
　そんな空気が二人の間に流れる。
　なんだかこれまでの話がすべて間違いだったような感じだ。
「だからチケット手に入ったら梁を誘ってあげてね。あたしはこの日用事があるから」
　にこやかに香穂子は告げる。
「……………ありがとう日野さん。僕がんばるよ」
「いや、がんばらなくていい。オレは自力でオレの分を手に入れる」

おしまい
201004091241