青い色に吸い込まれそうになる。
　 学内で一番高い場所、普通科の屋上に寝転んで空を眺める。
　 こんなに気持ちがいい場所なのに出入り禁止なんて勿体ない。
　 だいたい音楽科の屋上は良くて普通科がいけない理由がわからない。
「またこんなところにいたんだ」
　 探しに来たクラスメートに手を振って答える。
「おまえも一緒にどうだ？」
「制服が汚れるから」
　 当然の答えに苦笑する。
「それじゃ上着敷いてやるよ」
　 とまどいながらもジャケットの上に座る。
「なにしてたの？」
「空を見てた。なんか気持ち良く歌えそうな気分でさ」
　 頭上に広がる雲などない春の青空。
　 その空に向かって歌いはじめる。
　 心地のよいテノールがあたりに響く。
「たまには本気で歌えばいいのに」
「かったりぃじゃん」
「ピアノも上手くて歌も歌えて…いいなぁ」
「ピアノなんて受験用だ。おまえ…バイオリン専門のくせに欲張りだな」
「………バイオリンか…」
　 少女は空を見上げたまま目を閉じる。
「もっとうまくなりたいなぁ……」
　 ファータたちがもっと喜んでくれるよう、みんなが楽しんでくれるよう。
「大丈夫だよ。おまえは天才だ」
「………そ…」
　 校舎へと通じるドアが開いた音がして言葉を切る。
「あー！やっぱりここにいた。姉さんまでミイラになって」
「暁彦……」
「ミイラ？」
　 少年の声に眉を寄せながら身体を起こす。
「ほら姉さんも金澤さんも急いで。２セレの打ち合わせ始めるって」
　 暁彦は美夜の手を引いて立たせようとする。
「……面倒だから逃げてきたのに……」
「金澤さん？」
　 むっとした少年の表情に頭を掻きむしりながら立ち上がる。
「わかった行きゃいいんだろ。ったくめんどくせぇ」
　 教室に戻るなんてめんどくさい。
　 あんな狭いところで打ち合わせするよりこの空の下で歌う方がどんなに気持ちがいいだろう か。
　 ４回やらなきゃいけないなら全部のテーマを最初から教えてくれればいいのに。リリのやつはけちくさい。
「金澤くん。こんどまた……」
　 手を引かれ前を歩く美夜が振り返る。
「ああ、天気がよかったらな」
　 空に近いあの場所なら悪くないだろう。
　 ずっと歌いたい。
　 誰よりも美しい歌を。

おしまい
200705130033