「土浦くんの手ってすごくきれいだよね」
　 突然そんなことを言われて土浦は面食らった。
「指先までピアニストなんだね」
　 ほら。
　 香穂子は自分の手を見せる。
「バイオリンやるようになってから弦を押さえる指がごっつくなっちゃった」
　 弦楽器をやるとどうしても弦を押さえる指先が硬くなって行く。
「そんなことないぜ。おまえの指はほっそりしていて綺麗だよ」
　 繋いだ手にいつも感じている。
　 この細い手からどうすればあんなに美しい音が出るのか。
「もうちょっと大きければって思うの」
「ああ。確かにな。手が大きいほうが楽な場合は多いな」
　 小型の楽器には向いてないだろうけどピアノをやるには大きい方が有利だ。
「いいなぁ」
　 羨ましく思われてもこれは生れつきのものだからどうすることもできない。
「オレとしては…今ぐらいの大きさが好きかな」
「？」
「だって自分と同じ大きさの手とは繋ぎたくないからなぁ」
　 包み込みたくなる大きさが心地良い。

「ひゅーひゅー朝からお熱いね！」
　 冷やかすような声が聞こえて来て二人は振り返る。
　 すぐ後ろにいた土浦の悪友はにっと歯を剥く。
「羨ましいだろう」
　 そんなからかいに笑顔で返す。
「……からかいがいがないな…おまえ」
「事実を言われてもな」
　 余裕の答え。
　 照れもなく言い切る土浦に香穂子は顔が上気していくのを感じる。
「日野さん、このバカ男よろしくね」
　 えっと…。
　 返答に窮してしまう。
「まったく……」
　 走り去っていった悪友にため息をついてから香穂子を見る。
「香穂？」
「結構…恥ずかしいんですけど……」
　 右手には鞄とバイオリン、左手は繋いだままで上気した頬に手をあてることも出来ない。
　 ほんのりと紅く染まった少女の頬を見ていると自然と笑みが零れる。
「じゃあ手を離すか？」
　 恥ずかしいけど嫌じゃない。だけど素直に認めるのは悔しいから香穂子は上目使いに睨んで頬を膨らませると手を離す。
　 そして反撃をひとつ。
「梁って意地悪だよね」
　 僅かな時間でいいから。
　 一緒に居たいって気持ちは同じなくせに。
「………」
　 表情に見とれて思わず聞き逃しかけた言葉。
「香穂。いまのもう一度…」
「意地悪するなら言わないから。手も繋がない」
　 負けた。
　 土浦は香穂子にごめんと謝る。
　 許してあげると差し延べられた手を取り、二人は並んで歩き出す。
　 あと少し、校舎につくまではこのままで。

おしまい
200705241928