誰かが迎えに来てくれるとは思わないけど。
　女三人、壁の花になってホールを眺める。
「冬海ちゃんも香穂も誰か来たのと踊ってみれば？」
　自分は最初から踊るつもりはないのだと制服に腕章を付けた菜美はカメラ片手にホールの人波を泳いでいく。
「あの…先輩」
「なぁに？」
「なんだか少しずつ人が減って来ているような…」
　確かにホールの中ははじまったころの混雑に比べると少し余裕が出来ている。
「あのね。音楽は校内のあちこちに流れているの」
　主に普通科棟の中だが。
　教室や屋上に移動している者も少なくない。
　あとは浮かれ気分のまま街へと出ていったカップルも多い。
　ワルツのパートナーを申し込むことは男子にとって交際を申し込むことに等しいのだ。
　事前に申し込めなくても当日コサージュ片手にアタックしてくる者も多い。
　成功したものがどうするのか。
　あとは当人たちの自由だ。
「来年は、一番好きな人から貰えるといいね」
「あ……は…はい」
　頬を染めてはにかむ姿が可愛い。
　あたしが男ならこんな可愛い子放ってはおかないのだが…。いかんせん本人が…。
「笙子ちゃん」
「あ、ゆみちゃん…」
　オケ部友達の登場に少し場所を開ける。
　それに気付いた少女は香穂子の前で手を握り合わせる。
「日野先輩。昨日の歌も今日の演奏も素敵でした」
　瞳を輝かせながら褒められるとなんとなく面映ゆい。
「ありがとう。冬海ちゃんも素敵だったでしょ」
「はい。笙子ちゃんの音も素敵でした」
　その言葉に冬海は照れて頬を押さえる。
「ちょっと涼んでくるから、二人でゆっくりしてね」
　少女たちを残し外に出る。
　外は少し肌寒いが、ドレスで歩けないほどではない。
　正門周辺にはあちこちにカップルの姿が見える。
「…………」
　一人でいるには居心地が悪い。
　エントランスに戻る気にはなれないし。
　足は校舎から離れた場所へと向けられた。

　気がつくと森の広場にいた。
　僅かに音楽が聞こえては来るが、人の気配はない。
　カフェテリアもすでに明かりが落ちている。
　道沿いに足元を照らす明かりはあるが背の高い街灯は殆どない。
　夜間開放されることは滅多になく、あっても天文部の観測用に背の高い光源は設置してされていないのだ。
　足元のわずかな明かりと細い月明かりを頼りに歩き慣れた道に足を進める。
　去年までここに来るのはお弁当を食べるときぐらいだったが、ここ半年は練習のためによく訪れていた。
　練習室や屋上に空きがないときはだいたいここで練習していた。
　広場の奥にある石のベンチが最近の定位置だ。
　にゃ〜。
　足元から鳴き声がした。
「こんばんは」
　この小さい猫は誰だっけ？
　タビ、タマ、ハナ……。
　それは成猫の名前。
　この子の名前は…？
　子猫は香穂子を見るとついてこいと言わんばかりに歩き出す。
　どこに連れていってくれるのか…。
　人が通れるほどには開けた道を追い掛けた。

「カホ。どこだ？」
　よく知る声が聞こえて来て足が止まる。
「カホ？」
　にゃ〜。
　子猫が鳴いた。
「………おまえ……」
　子猫と並んだ香穂子に次の言葉が出てこない。
「この子がカホちゃんなんですか？」
「あ……ああ。志水が…」
　産まれたばかりのハナの仔に先輩の名前を付けさせて欲しいと言われたことがあった。
　にゃ〜〜。
　子猫が鳴くと茂みの奥から他の子猫を引き連れた母猫が現れた。
　猫たちは二人を一瞥すると茂みの中へと消えて行く。
「「こんなところで…」」
　二人の声が重なる。
　あまりのタイミングに香穂子は吹き出してしまう。
「エントランスにいなくていいのか？」
「相手がいませんから」
　胸に付けるコサージュも無い。
「先生は？」
「オレは当番だよ。エントランスは教師禁制だからな。ここで時間潰しだ」
　後夜祭は生徒会主催だ。教師の殆どは帰宅しているがお目付け役が数人残ることになっている。
　外に出るわけにもいかないし、職員室に篭っても面白いことは無い。
　見回りと称して散歩に来て猫と戯れていたのだ。
「大変なんだぞ」
　そういいながら金澤は着ていた上着を脱ぐ。
　どうしたのかと思ったとたん温かなそれが香穂子の肩に掛けられた。
「え？」
「そのドレスだけじゃ風邪引くぞ。あんま綺麗じゃないが我慢してくれ」
　 演奏会でも着ていた白いドレスは演奏の邪魔にならないよう胸元が大きく開いていた。
　言われてみれば確かに少し冷えている。
　上着が心地よい。　
　金澤は腕時計を確かめる。
「さ、帰るぞ」
　 後少しでラストダンスがはじまる。
　 戻らなければとは思うが足が重い。
「どうした？」
　 振り返って香穂子を見る。
「先生は誰と踊ったんですか？」
　 金澤も卒業生なんだから踊ったことがあるはずだ。
「……忘れたよ。……もう…ずっと昔の話だ」
「………」
「…なんだ？」
　 一か八か。
　 香穂子は右手を差し出す。
　 本当はマナー違反だが。
　 金澤は口元を和ませるとその手を取り、甲に口づける。
「一回だけだぞ」

Baby,don't yon know I love you so
Can't you feel it when we touch
I will never never let you go
I love you oh so much

END
200704020920